化学メーカー営業実務録:値上げ

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実務録

化学メーカー営業実務録。今回は「値上げ」について

石化製品

私が所属する化学メーカーは石化製品と呼ばれ、石油由来の原料を使用している。

日本が伝統的に得意なのはこの石化製品であり、身の回りのプラスチックやフィルムの多くも、この石油から精製されている。

この石油を加工する工場を石油コンビナートと呼ぶ。

小学生の社会科で習った「太平洋ベルト工業地帯」それぞれに、この石油コンビナート群が存在している。

この石油コンビナートを所有・操業しているのが日本を代表する化学メーカーの大手企業であり、

もちろんこの最上流の会社に入れたらさらにラクなことは間違いない。

ただし入れれば、の話だが…

原油に振り回される日本

さてこの石化製品だが、その大元をたどっていくと、原油に行き着く。

この原油は地中から掘り出すものであり、世界各地で産出されている。

北海油田、メキシコ湾、ロシア各所…それぞれ、地産地消に近く消費しているのだが、日本にたくさん売っているところがある。

それがペルシャ湾(アラビア湾)の油田だ。

日本はこの中東油田から、ほとんどの原油を輸入している。

もちろん例外はあろうが、大部分はこの中東由来である。

そしてこの中東にはOPEC(石油輸出国機構)の主要国が所属しており、原油の産出量をコントロールしている。

産出量はそのまま需給のコントロール、ひいては原油価格の上下につながる。

よくOPECが減産をしているからガソリンが高くなった、というのはこういうわけである。

そしてこの原油を原料とする化学メーカーも例外なく影響を受ける。

原料相場の上昇

このようにOPECが戦略的に原油相場を操作しようとし、介入してくる場合もあるが、そうではないトラブルが起きたりもする。

例えばアメリカとイランの緊張状態が高まると、その周辺で治安が悪化する。

この21世紀でもなお「海賊」がペルシャ湾にはいて、石油を運ぶタンカーを襲撃するのだという。

そのような危険な情勢なので、船の数が減って、すなわち供給が減って、原油価格は上がってしまうのだ。

化学メーカーへの影響

このように原油が上がれば、そこから精製されるガソリンや、ナフサと呼ばれる原材料も値上がりする。

ナフサがプラスチックとか、多くの製品の原料になるから、その次の誘導体も値上がりして…とドミノ倒しのように値上がりして、とうとう化学メーカーにも値上げの圧力がかかってくる。

ちなみにこの動きは結構素早い。

上流の会社ほどこの動きに敏感で、また強い立場を持っているから値上げは俊敏だ。

そのため、化学メーカー各社…いや全ての化学会社が影響を受ける。

値上げ祭、開催

こうなると化学業界では値上げ祭りが開催される。

まず、お客様各社へ一斉にメールやファックスで

「こういう情勢だから20%値上げせざるを得ません」

という文書を送りつける。

すると当然、抗議の電話なり、メールなりのリアクションがあるので、対応する。

特に大口のユーザーは無視できないので、丁重な対応をしなくてはいけない。

だから原油価格の推移グラフを持って、先方に訪問して

「こういう理由で値上げしなくては弊社もやっていけないんですよ〜」

と説明するのである。

当然、お客様は

「そんなこと言われたってウチもキツいんだけど」

と答える。そりゃあそうだろう。

モノが同じなのに値上がりするのは、誰もが困る。

なので値上げは難航…っていうか「できない」のが普通である。

普通の商材なら、ね。

しかし化学品は違う。

「そうですか…では来月から御社への供給は打ち切りということで…」

と言えば

「オイオイちょっと待ってくれよ!満額は飲めないけど協力はできるから」

となるのである。

これは僕が化学業界に入って、化学品を扱うようになって最も驚いたことだ。

メーカー側の方が強いのである。

世の中の製品は絶妙なバランスで成り立っているがゆえに、原料を切り替えることが大変難しいのだ。

切り替えたばっかりにトラブルや不良品が大量にできてしまうことの方が、よっぽど恐ろしい。

切り替えは、リスク満載の大技なのだ。

そのため、年間で数百万円以上のコストカットが予測できないならば、切り替えを検討されることはない。

しかも切り替えにあたってはかなりの検証と、各所のチェックを経て行われる、非常にエネルギーの要ることだから、よほどの額でなければ、大抵のお客様は値上げを飲んでくれる。

いざ鎌倉

このような交渉(?)を各ユーザーに行っていくのが化学メーカー営業マンの重要な仕事だ。

この「値上げ」こそ化学メーカー営業マンにとっての「いざ鎌倉」であり、この時こそ人数が必要になる。

1社1社、社長が値上げをお願いして回っていたら何ヶ月もかかってしまい、損害が膨れ上がる。

こういう「有事」の時のための交渉の駒として、営業マンのアタマ数は必要なのだ。

普段仕事がなく暇を持て余している営業マンが化学メーカーにはたくさんいる。

こんなに人数いらなくね?と思うが、このような「いざ鎌倉」用の御家人として会社に飼われている。

御家人でないと、機密情報(原料費など)は見せられないし、裏切り(他社にノウハウばらす)もマズいから。

こういう時は私も頑張る…ってか頑張らないといけない。普段野放しにしてくれている御恩を返すために、年に1回くらい、腕まくりをするのである。