雇われ人として年収を上げていく方法の一つにジョブホッパーがあ る。自分の労働力の価値を高め、自分という商品の価値を上げる。 そして労働市場にその価値を問い、 より年収の高い企業に転職していく。ホッピングするかのように、 割と短期間(1~数年単位) で転職を繰り返すこのジョブホッパーを目指す人々もいるが、 僕はそれはおいしくないと考える。
サラリーマンという「飾り」
サラリーマンというのは給与を得るだけではない。 組織に属することで個人ではできない規模の仕事ができたり、 会社の看板・ 信用を用いて大きなビジネスを展開することもできる。 また大企業のサラリーマンであれば信用力があるからクレジットカードも容易 に作れるし、ローンの審査も通りやすい。イケイケな企業に勤めれば、 カッコよくて綺麗なオフィスビルに通勤できるし、 周りには似たような知識階級の人々が集まる。 合コンで会社名を出すだけでモテたりもするかもしれない。
世の中には、サラリーマンの本質である「給与」のほかにも「 仕事のやりがい」や「ステータス」 を求めてサラリーマンを続けている人もいる。 しかし今一度考えてほしい。それってほとんどが「見栄」 ではないか?本質的に必要ではないけど、 キラキラ輝いている何かに騙されていないか?その根源は、 よく考えたら「見栄」から発生していないだろうか。 見栄を取るか、実利を取るかは、自分の価値観次第だ。
不可視の積み上げ
ジョブホッパーは、転職によって上がる年収と、仕事内容( 身につくスキル)に着目する。 これらを求めて彼らはホッピングする。 なるほど合理的な判断のように思える。 しかし彼らは見落としていることがいくつかある。
まずは不可視の積み上げだ。企業に属すると、 いやおうなく細かい適応が必要になる。書類の書き方、 社内システムの使い方、書類の置き場所、共有ファイルの置き場、 エクセルシート、社内の慣習、それぞれに対して存在する「例外」 の数々。それらを、入社して一つずつ憶えていったはずだ。僕も、 2社目に転職したとき、 そういった様々な仕組みを再びインストールする羽目になった。
自動車のように、操作法が規格化されているならともかく、 企業にはそれぞれの文化がある。明文化されていないルールや、 タブーがある。転職したら、 それらをまたイチから学び直さなくてはならなくなる。 これらは意外と侮れなくて、 季節モノとか期末にならないと起きないモノもあるから、 慣れるのには約1年が、場合によっては2年くらいかかる。
書類やシステムだけではない。誰に聞けばいいとか、 あの分野は誰が詳しいとか、そういう「ヒト」 に関連する知識の積み重ねも見逃せない。これらの目に見えぬ積み重ねを軽視することはできない。 だから僕は、頻繁なジョブホッピングを勧めない。
信用という資産
サラリーマンにおける「信用」とはなんだろうか。 頼まれた仕事を迅速に行うことや、 現行が一致し嘘をつかないこと、約束を忘れず、 誠実であることなどが思い浮かぶ。もちろんこれらも「信用」 の一部であるのであるが、まずは簡単に辞めないというものが土台に来る。どんなに誠実でいいヒトであっても、 すぐに転職してしまうようならば、同僚も、顧客も困る。 サラリーマンという世界においては「簡単に辞めない」 というのがまず第一に重視される。特に、 昨今は若年層が売り手市場ということもあり、 短期離職が話題になっている。
既存の社員は、 若者を短期離職するものだと思ってかなり警戒している。 どうせすぐ辞めるんだろ、と斜に構えている。これまで、 そういうことが何度もあった結果、 彼らは疑い深くなってしまったのだ。短期離職とは半年とか1年とかいうレベルではなく、 10年以内はみんな短期だと思っている。
僕は現職で5年になるのだが、まだ疑われていると思う。転職で入社して10年を迎えた先輩は最近ようやく信用が得られて、 大口顧客を任されるようになった。それほどに、 人柄とか能力よりも「勤続年数」は重視されるのである。他にも、 信用を得るには、日々のお付き合い、結婚・子供・ 持ち家などの要素もある。これは日本企業で、 特に歴史があれば避けられない特徴であろう。 アメリカのシリコンバレーの常識は、 残念ながら日本では通用しないようだ。
このように、せっかく積み重ねた不可視の財産である「勤続年数」 を軽視しないでほしい。ローンの申請も、アパートを借りるときも「勤続年数」を書き込む欄がある。このことから、日本社会ではいかに勤続年数が重視されているかわかるだろう。 ジョブホッパーになるとこういう信用をなくしてしまうのだ。これはお金では買えない。
ハイスペック・サラリーマンの誘惑と罠
僕はブラック企業からはドンドン転職すべきだと思う。 しかしひとたび「儲かっている化学メーカー」に入社して、 腰を据えることができたなら、よそ見をしないこと。 化学業界の年収は、商社やコンサルのように30代で1, 000万オーバーすることはない。しかし彼らは、 かなりの苦労をして、その対価として1, 000万円の年収を得る。会社も「1, 000万も払っているんだぞ」という態度で来る。 ゆるふわは許されないので、労働力再生の経費も多くかかり、結果「年収1,000万円<労力」になる。しかも社会保険料などの側面経費もかかるから実質はおよそ「1,500万円<労力」を要求されるだろう。しかも、 この国では累進課税でハイスペサラリーマンは狙い撃ちされている から、かなりの税金が引かれてしまう。
そのことに気が付かないと、 単純な年収金額で転職を検討してしまう。しかし、 転職をすると、当然ながら勤続年数は「ゼロ」に戻ってしまう。 目に見えないが、これが痛い。 やっと周りを手なずけつつあるのに、手放してはもったいない。 単純な年収だけで比較して時給換算したり、仕事の 内容(キツさ)をよく吟味すること。キツイものは、結局、長く続けることはできない。
リーマンは盾、自業は槍
転職に目移りしてしまうのは、 化学メーカーでのリーマン稼業一本に絞ってしまうからだ。 化学メーカーの年収は、平社員ならおよそ500~ 600万円だろう。仕事の内容的にも、 爆発的にもらえるような性質のものでもない。ここだけを見ると、 年収に天井があるから、転職に目移りしてしまう。
何しろ、僕がそうだったからだ。
しかし僕はタイミングよくサウザー師匠に出会ったため、 転職をしないという決断ができた。自分の事業、 僕はこれを略して「自業」と呼ぶ。 サラリーマンという稼業があって、生活を確保する。 余裕のあるアフター5や、 日中のサボりで自業に時間を投入していく。 サラリーマンを盾とし、自業を槍として稼ぐ方法を模索するのだ。 儲かっていない、趣味みたいな自業に打ち込めるのは、サラリーマンの給与があるからだ。万全なる盾があり後顧の憂いがないから、無報酬でも取り組めるのである。
ちなみに僕は「本業」「副業」という言葉はあまり好きではない。 本業>副業のニュアンスがあると感じるからだ。あくまで「稼業」 と「自業」なのである。自業は多くの場合、 最初は全然お金にならない。サウザー師匠の言うように「 初期は赤字を掘りまくる」のである。 最初から売上が立つ即金性の事業というのは、 実は誰がやっても成果が出るような、 バイト的な性質を持つものだ。 もしくは客を騙すタイプのネット版焼き畑農業だけであり、 長くは続かない。
自分が人生をかけてやりたい事業を、 安易なカネ儲けに走らないためには、 しっかりとした財政基盤が必要だ。それが「盾」なのである。
槍については、自分の「好き」を究めて発信しよう。その中で、 同好の士に出会って、良い品物を作ってみよう。 経費をかけて作ったそれを、 皆がお金を出してカンパしても良いと思うレベルにできたら、 それがあなたの商品となる。独立を考えるのは、 それが軌道に乗ってからでも遅くはない。